「ふあぁ……んー、気持ちいいなー」

日差しを浴びて大きく伸びをし、豪快な欠伸をする。
既に昼食を食べ終え、眠気を誘う昼下がり。
祐一に書物庫の使用許可を貰い、陽司は暇潰しに読書をしていた。
どうせなら身になる本でも読もうかと、引っ張り出したのは本棚の隅で埃を被っていた戦術論の本。
お堅いかと思いきや、図をふんだんに使った読み易いもので、中々有意義な時間を過ごせた。
章の切れ目で栞を挟み、後は昼寝でもしようかと考えていたら、

「陽司ー!」

「……んー?」
                  ・・
呼ぶ声にきょろきょろと周りを見回し、眼下にその人を見つけ、軽く手を振る。

「七瀬さんじゃないですか。どうしたんですかこんな所で」

「あ、あんた、何てところにいるのよ!」

「何処って……」

改めて周囲を確認する。
頭上には雲一つ無い青空。目を若干下に向ければ、城下町が一望できる。

「城の天辺ですが?」

屋外で、風がよく通り、それなりに平坦で、かつ邪魔者の来ない場所。
条件を満たす場所は少なく、その数少ない内の一つが城の屋根上だった。
城内で最も高い場所だけあって日当たりは抜群だし、眺めも格別に良い。
文句なしに一番のお気に入りだった。

「天辺ですが?じゃないわよ!
 あーもう、呼び出しかかってるんだから早く下りてきなさい!
 そもそもどうやって登ったのよ!」

「それはほら、これでひとっ跳び」

横に置いていた『無心』を軽く振る。
本を脇に手挟み、軽く力を使って身体強化。そのまま飛び降りる。
生身の人間なら骨折くらいする高さだが、第五位の神剣なら容易いことだ。

「……頭痛くなりそう。
 まぁいいわ、会議室に行くわよ」

「会議室?そういえば呼び出しがどうとか……」

そう問うと、留美は表情を引き締め、

「エア王家の橘敬介が……何者かに殺された」





とある守護者の追憶 第二話『動き出す時と思い知る力』







皆を会議室に集めた祐一は、重い空気の中話し出す。

「皆も既に知っていると思うが、エア王国の重鎮橘敬介が昨夜何者かによって殺された」

最悪のタイミングだ、と陽司は思う。
こんな状況で重鎮が殺され、その犯人が不明となれば……

「……その犯人をエア側は我らだと決め付け、戦闘準備に入りだしているとのことだ。
 クラナドも続くようにして部隊の編成に掛かっているらしい」

……こうなることは、目に見えている。

「そんなっ!」

それを聞き、一人の少女が机を叩き立ち上がる。
納得できない、と表情が物語っていた。

「そんな、どうして決め付けたりなんて!だって、そうと決まったわけじゃ――」

だが、そんなことはそれこそ関係ない。

「どうでも良いんだよ。あっちからすれば」

少女の隣に座る魔族の男が静かに口を開く。

「以前からあっちは俺たちと戦いたがってた。
 だが、観鈴がいるために手出しをできなくなっていた。国民の意思は無視できないだろうしな。
 だが、こうして誰かが死んだりすれば話は別だ。もう、止まってなんかいられないだろうよ」

理由など関係はない。ただ、こっちを攻撃する口実が欲しいだけなのだ。
そんな時に都合よく暗殺が起こった。それだけのことだ。
少女は反論しようとするも、続く他の者の言葉に口を閉ざした。
それでいい、と陽司は思う。まだ幼い少女にはそのまま真っ直ぐに育って欲しい、とも。

「陛下、部隊の編成はどういたしましょう」

副官と思しき少女が進言する。

「おそらくエアとクラナドは同時に攻めてくるだろうな。
 とすると、部隊を三分割しなくてはならない」

そこから提示される部隊編成。
なるほど、噂通りカノンの王は切れ者であるらしい。

「陽司はクラナド迎撃部隊へ参加してくれ。
 恐らく、ノルアーズ山脈の谷間での戦闘になるだろう。地属性の陽司は有利に戦えるはずだ」

「御意」

文句なしの采配だ。事実、自分は山の方が力を発揮できる。
それに、エアは神族の国で空戦力が多い。近接戦闘主体の陽司ではあまり役に立たないだろう。
解散の合図と共に陽司は席を立ち、装備を取りに自室へと戻った。










とはいえ、永遠神剣を武器とする陽司に装備の用意はほとんど必要ない。
戦闘用の道具を幾つか袋に入れて腰から下げるくらいのものか。
早々に出立して部隊はルクリナに到着し、作戦会議に入った。

「もし今回の部隊にことみがいたら正直骨が折れるわよ」

指揮官補佐の藤林杏という少女が発した言葉に、ふと記憶が蘇る。
聞いた覚えがある。確かその能力と魔術の強力さから『大軍鮮帝』と呼ばれる魔術師。
とはいえ、詳しくは知らない。強いらしい、という程度の噂を聞いただけだ。
しかし元クラナド所属だという少女が言うからには、相当なものなのだろう。
魔術師がいないと対応しようが無い、というのも事実だろうから、これは頭の片隅に留める程度にしておこう。
それと、クラナドに関して気になる名前が記憶にあった。
『天馬の坂上』。七瀬と同じくキー五大剣士の末裔。
そして、何年か前に反逆を行い一人で一国家の軍を相手に多大な被害を与えたという男。
名の知れた武将はそのくらいか。どちらか、若しくは両方が来るだろう。
こちらの戦力では厳しいかもしれない、と傭兵としてのシビアな思考が頭をよぎった。

「ともかく、このタイミングで攻めてくる以上相手もなにかしらの手があるはずです。
 慎重に行きましょう」

「つったって、敵は来るんだぜ? 慎重もへったくれもないだろ?」

指揮官である天野美汐の言葉に、大雑把ながらも至極真っ当な魔族の男、斉藤時谷の突っ込みが入る。
そうして出来上がっていく作戦は、スタンダードではあるが最善の奇襲。

「……そう上手く行くものかな」

最善の策でありながら、陽司は不安が拭い切れなかった。










アストラス街道のノルアーズ山脈出口付近に、部隊は待機していた。
息を潜め、身体を低くし、気配を隠し、来るべき時を待つ。
見張りの使い魔からの報告から程なくして、大地を揺らす進軍の足音が響き始める。
それが間近に迫ったその時、

「!」

部隊長からの合図。
その瞬間、全部隊が武器を構え飛び出した。

「敵襲――!」

クラナド兵の幾人かが叫び、慌てたように迎撃の準備を始める。
だが遅い。準備万端待ち構えていたこちらと違い、相手は完全に不意を突かれた形だ。

「各員突撃!このまま包囲して駆逐します!」

司令官からの指示が飛ぶ。作戦通り、兵達はそのまま疾駆し、攻撃を開始する。
陽司も戦意を漲らせ、走り出す。

「さぁて……行きますか!」

気になることは幾つもある。
だが、この場において自分に出来ることはたった一つ。
……一人でも多くの敵を倒し、味方の被害を最小限に減らすこと。









陽司は、予め周囲の兵に自分の援護をしないように伝えていた。
一般兵程度に遅れを取るはずが無いから、というのもある。
しかし、本当の理由は、

「う、おおおおぉぉぉ!」

手足を強化して敵陣に突っ込み、『無心』を地面に叩きつける。
その衝撃波だけで近くにいたクラナド兵が吹き飛ばされる。
……陽司はパワー型であり、神剣は重さがメインの打撃武器。
よって、一般兵程度ならばわざわざ直接ぶつける必要すら無い。飛び散る破片と衝撃だけで十分に戦闘不能にできるのだ。
……直接ぶつけると即死であろうから気分が悪い、というのもあるが。
剣と違い、打撃武器による死体は凄惨である。自分も嫌いだし、周囲の士気も下がってしまうだろう。

「!」

接近戦は不利だと判断したか、クラナド側の魔術師が構えた。
左右は岩肌の露出した崖だ。そもそも、そういう場所を狙って奇襲したのだから。
回避は不可能。魔術が発動し、こちらへ迫り来る。数は五。弾幕にしては少ないのは、あちらも左右へ大きく展開出来ないからか。
放たれたのは威力重視の下級から中級魔術。
陽司は慌てず、先程と同様に『無心』を地面へ目一杯振り下ろす。
それで発する衝撃では中級魔術を迎撃できはしない。だが、先程とは違う要素が一つある。
……魔力が宿っている。

「岩壁!」

撒き上がる土砂。
しかし単に吹き飛ばされたにしてはあまりにも不自然な軌道を描き、更に飛び散るのではなく寄り集まっていく。
そうして出来上がるのは、陽司の前面を覆う地の壁だ。
そこへ魔術が激突する。
だが、崩せない。魔力を通して補強した壁は、単なる土砂の塊以上の強度を持って阻む。
驚くクラナド魔術兵を余所に、陽司は『岩壁』の一部を抉り取る。既に魔力は抜いているため、容易く適度な大きさの岩塊を取り出せた。
魔力を用いて軽く形状を変化、強度を上昇させ、真上に放り投げる。
落ちてきた岩塊を待ち構えるのは―――身体を捻り真横へと振り抜かれた、『無心』の頭部。

「ストライク・ショット!」

ゴッ!!と凄まじい速度で発射された岩塊は、魔術兵達を結界を張る暇も与えず薙ぎ倒した。
これが陽司の真骨頂。
属性を生かし、自然の大地を利用するのが陽司の戦い方だ。

オーラフォトンというものは非常に便利だ。攻撃・防御・補助等なんでもござれ。
陽司も最初の頃はそうして戦っていた。何せ、自分は相当な魔力量がある。余程の連戦でもない限りガス欠の心配は無い。
しかし、気付いたのだ。
……オーラフォトンだけによる攻撃や防御は、目まぐるしく変わる戦場に大して遅すぎる。
魔術と同じだ。何も無い空間に展開するのだから、消耗も激しいし制御も面倒なものになる。
体系として操作が確立されていない以上、自己流となってしまうオーラの方が扱いは面倒だ。
詠唱は必要ないが、オーラへと変換する時間も食う。
加えて陽司は近接型。スピードが足りないのは致命的だった。
だから、今の陽司は魔力中心でオーラフォトンを補助的に用い、自然の土を利用する。
元々陽司は地属性。土砂は硬度や重量に優れ、しかも地面は何処にでもある。
……これが、ある国で雇われていた時に『大地の竜巻(ランド・ストーム)』と呼ばれていた陽司のスタイル。
多数の敵に対して全方位に攻撃を撒き散らすことで押し返し、戦いの後には地形すら変わっていることから付いた異名。

「……ん?」

そうして単身敵を押していく陽司は、違和感を覚えた。
順調な進攻だ。だが……そう。順調過ぎる。
まるで、誘い込まれているかのような―――

「っ!」

不意に魔力の波動を感じた。
数は一つ。だが、先程のとは桁が違う。恐らく……上級魔術。
その方向に向けて『岩壁』を展開。だが、中級魔術数発を耐える土の壁でも上級魔術相手は厳しい。
併せて詠唱を開始。『無心』の頭部にオーラフォトンが収束されていく。
案の定貫いてきた魔術に『無心』を叩き付ける。

「エクスプロージョン!」

(重、い!?)

『岩壁』を貫いた後にも関わらず、他の魔術よりも数段重い手応えを感じた。
だが、弾けないほどではない。オーラの爆発と共に魔術は消え去り、崩れた壁の向こうにいるであろう撃った魔術師を睨み付けた。
直後、陽司の顔が驚愕に彩られる。

「奈……緒……?」

「っ、陽司!?」

魔術師の少女もこちらが誰かを認識し、驚きの表情を浮かべる。
手に持っているのは剣。だが柄の辺りに宝石が埋め込まれている。魔術の補佐にも使えるのだろう。
戦場であるにも関わらず、そのままじっと見つめ合う。

「……そうか、お前は魔術の才能があったもんな。他にも色々と恵まれやがって、才能の塊め。
 旅に出ていても不思議じゃないか」

「そっちこそ、とんでもない魔力量の上に永遠神剣まで手に入れちゃって。
 恵まれてるのはそっちの方じゃない」

会って早々、まるで旧友のように憎まれ口を叩き合う。その口には笑みすら浮かんでいる。
……いや、『ように』というのは不適当だ。
何故なら二人は正真正銘の旧友。同郷の幼馴染なのだから。

「こんなところで会うとはね。
 戦場じゃなかったら酒場で一杯やりつつ昔語りでもしたいところだったけど……」

チリ――ン。
涼やかな、穏やかな鐘の音色。戦場の剣戟や怒号に掻き消されること無く、その音は端から端まで通り抜ける。
同時、クラナド兵は素早く後退を始めた。
状況的には完全な敗走。鐘は撤退の合図と考えるのが普通だろう。

「残念、時間みたい」

だが、何かおかしい。クラナド兵の様子に違和感を覚えた。
違和感の正体を探っている陽司に、奈緒と呼ばれた少女は苦笑して言葉を送る。

「積もる話はまた今度。
 ……そうそう、幼馴染として一つサービス。
 これから強力な攻撃が来るから、防御を固めた方が良いよ」

どういうことだ、と問い質そうとするが、少女は反転して下がっていく。
追い掛けようとしたところで、強大な魔力の波動を感じて視線を上げる。
クラナド軍の最後部と思われる位置から、十の魔術が打ち上げられていた。
その内包魔力は先程受けた上級魔術の比ではない。恐らくは……全て超魔術。
しかし上方に打ち上げたのでは何処にも当たらないのでは、と考えたところでハッと気付いた。

『『魔力屈折化』……。まぁ、それ単体の能力じゃたいしたことないんだけど、これがまた強力なのよねぇ……』

そして連鎖的にクラナド兵から感じた違和感の正体にも気付く。
彼らには、敗走する兵に見られる悲愴感、絶望感が欠片も無い。
ただ指示通りに後退する引き締まった表情が見られるのみ。
そう、まるで予定通りであるかのような―――

「退避、もしくは防御!どちらも出来ない者はその場に伏せろ!」

反射的に叫ぶと同時、打ち上げられた超魔術の軌道が全てこちらに向けて『屈折』した。
防御のオーラを展開している余裕は無い。そんな半端な防御では威力の軽減にもなりはしない。
ありったけの魔力を『無心』を通して地面に叩き込み、特大の『岩壁』を作り上げる。
上級魔術なら数発は防げたろう。だが、超魔術と上級魔術では大きな差がある。
紙のように貫き、炸裂した。

「ぐ、あああぁぁぁぁ!」

壁のおかげか精度が甘かったのか、直撃は免れた。そうであったならば命は無かっただろう。
しかし余波は十分な威力を持ってカノン軍を襲う。
陽司も吹き飛ばされ、崖に叩き付けられた。

「く、そ……してやられた」

出来る限りの防御策にと、一応使えるだけのオーラで防御していたのが幸いした。
衝撃で全身が痛み、幾らか血も流れているが、骨が折れたり大きな裂傷を負ったりはしていないようだ。
被害状況は、と周りを見回す。
……そこには、倒れ伏す多くのカノン兵と、怒涛の攻勢へと転換したクラナド兵がいた。
完全な作戦負け。このままでは一方的に駆逐されるのみだということは疑いようも無かった。
司令側も混乱しているのか、指揮系統が破綻しているのか。撤退命令は来ない。
だから陽司は叫んだ。

「撤退――!」

どの道、勝ち目など欠片も無い。
小隊長クラスもほとんどが行動不能だろう。
誰かが言わなければ、方針を示さなければ―――混乱したカノン兵は駆逐されるのみ。
叫ぶと同時、悲鳴を挙げる身体を精神力で動かし、前線へと躍り出る。
先程のように敵を跳ね飛ばして進むのではなく、クラナド部隊の進攻を抑えるように『岩壁』を構築する。
隙間を通り抜けてきたクラナド兵に、わざと岩塊の強化を緩めた『ストライク・ショット』を放ち、散弾のようにして抑え込む。
怯んだクラナド兵を見て、腰の道具袋から小さな球体を取り出し、指に挟む。
以前同業者と作った、地のマナをメインに火のマナをブレンドした結晶体。

「ふっ!」

それを投げつけると、凄まじい砂埃が発生しクラナド兵の視界を奪う。
煙幕弾。今も設置し続ける障害物と併せて、そう簡単には進めまい。
そんな陽司の鬼気迫る戦い振りを見てか、クラナド兵の進攻が止まった。
その隙に、指揮官がいないのを良い事に指示を飛ばす。

「小隊規模で固まって後退!所属なんてどうでもいい、とにかく近場の面子で集まって下がれ!
 バラバラでいても死ぬだけだぞ!」

指揮官は上下関係を重視して命令口調であるべし。
昔、故郷の元戦士が気紛れのように教えてくれた指揮官心得の一つ。
ハッとしたカノン兵達は、動ける人間だけで集まって後退を始めた。手空きで負傷者も抱え上げている。
そうこうしている内に司令側も立て直したのか、飛行可能な使い魔を用いての本格的な後退が始まった。
下がっていく前線の中、一人の男が立ち止まって残っている。
確か、斉藤時谷という魔族の男。

「何やってるんですか、下がりますよ!」

「ん?あぁ、お前は……誰だっけ、傭兵の……」

「天海陽司です。私も殿をやりますから、貴方も―――」

「俺はまだ、やることがある。
 お前は周りの連中の援護をしつつ下がってな」

何を馬鹿な、と思うが、時谷の顔に浮かぶ表情は絶対の自信を示している。
こうして話している時間も惜しい。今は彼を信じるべきか。

「……死んだら承知しませんよ」

「死なねぇから安心しやがれ」

その言葉を聞き、陽司は障害物となる小規模な『岩壁』を設置しつつ後退していった。







ノルアーズ山脈の出口付近に大きめの『岩壁』を街道を塞ぐように設置し、部隊はエフィランズへ向かって撤退していた。
追撃の部隊は来ない。本当に一人で殿としての役目を果たしているらしい。
しかし、ことみの超魔術が一発、上空に向けて発射された。
どうにか防御を行おうと陽司は身構えるが、疲労が濃い。果たして十分な強度と数を揃えられるかどうか。
だが、先に動いた者がいた。青い髪を二房に結い、大剣を担った少女。七瀬留美だ。

「あたしが対処するわ!
 水菜、空を飛べる使い魔であたしを上げて!」

応じるように鳥系の使い魔が出現し、留美を持ち上げ上昇していく。
飛来する超魔術の真上に落ちるタイミングで留美は離され、落下を始めた。
その手が振りかぶる大剣の刀身は収束した荒ぶるマナで真っ赤に染まっている。

「あれは……!?」

手合わせの時に放とうとしていた技と同じ。
凝視する陽司の視線の先で、留美が咆哮した。

「獅子王―――――覇斬剣!!」

強大な魔力を帯びた超魔術が、それ以上の魔力を込めた重力の一撃によって押し潰されていく。
それはまるで、獅子が獲物を食い破るが如く。
遠く離れた地面や生える草も、獣の王を恐れるように頭を下げる。
超魔術を迎撃し、陥没した大地へと着地をした留美が絶対の意志を持って叫ぶ。

「斉藤に応えるためにも……部隊には指一本触れさせない!」

歓声に沸く部隊の中、陽司は一人唇を噛んでいた。
これが"騎士"。
これが"護る者"。
自分はそれなりに強いつもりでいた。周りを護れると思っていた。
実際、陽司のお陰で命を繋いだ兵士も多かったろう。
だが―――超魔術という脅威の一撃に対し、陽司は全くの無力だった。

強くならなければ。

血が出るほどに『無心』の柄を握り締め、そう誓った。





―――陽司の決意に呼応するように、『無心』が淡く光を放っていた。

しかし誰にも気付かれることなく、すぐに消えた。










あとがき

第二話から読み始めた奇特な方は始めまして。
第一話から読んで頂いた方はおはこんばんちわ。
大盛りのカレー二杯を一人で食べて、会計の時に二人組の客と勘違いされた月陰です。

陽司の本格的な戦闘、本邦初公開。
非常に分かり易くて豪快です。対単から対多までこなせ、多少の飛び道具もある。
しかし本話にも書かれているように、彼は決定打に欠けます。
かといって、祐一や杏のように頭が切れるわけでもない。
留美はああ言っていましたが、カノンの主要メンバーには大概負けてしまうでしょう。
一弥みたいな技巧派には相性悪い感じ。

で、今回登場した奈緒。幼馴染キャラです。
彼女に関しては次話をお待ち下さい。
割と出番がある重要キャラの予定です。今のところ。

第一話を読んで下さった方、有難う御座います。
拙い文章ですが、鋭意努力する次第であります。
ではまた。


H23.2.23 テスト期間の昼下がり