人生の転機となる出来事は往々にして予期せず起こる。

望む望まざるに関わらず、平等に降り注ぐ。

それは神の気まぐれか、悪魔の悪戯か。

そう、あれはいつかの時の―――











とある守護者の追憶  第一話『始まりの始まり』














王都カノンへと続く道を旅装の男が歩いていた。
年の頃は成人を迎えているかいないかといったところ。
外套から覗く腕や脚は締まっていて、鍛えているのが一目で分かる。
短く切った頭髪や時々周りを見渡して警戒する目はいかにも戦士といった風体だが、
瞳にはどこかのんびりしたような光も宿る。

「流石に水の正教会があるだけあって、冷えるなぁ……。
 スノウほどではないみたいだけど冬場は厳しそうだ」

話には聞いていたが、予想以上の水のマナの豊富さに驚く。
知識を実感として身にする瞬間はいつだって感慨を覚えるものだ。
暑いのは苦手だが寒さはそこそこ平気なため、そこは好印象。
港町で食べた魚料理が美味しかったのもグッドだ。魚貝類は好物である。

「あとは労働環境が良ければ万々歳なんだけどな」

悪かったら、それなりの旅費を稼いですぐまた旅に出れば良い。
そんなことを考えている内に、ようやっと王都カノンの門が見えてくる。
よっこいしょ、と背嚢を背負いなおし、足を早めた。
入国したら昼飯に早速魚料理を食べようと思いながら。


―――――――――――――――

「傭兵?」

昼食を終え、また政務に戻ろうとした祐一は香里からの報告を受けていた。

「はい。カノン軍でしばらく雇って欲しいと」

この新生カノン王国が誕生して早数ヶ月。
一見して平和だが、エアやクラナドとの戦争がいつ始まるか分からない緊迫した状況でもある。
その辺りの事情もあってか、傭兵希望者は多いとは言えなくとも珍しくはなかった。

「ではいつも通り、適当な兵と戦わせて実力を見てからどこかの隊に―――」

「いえ、それが……永遠神剣の所有者らしく、一般兵では複数でも相手にならないようで」

「永遠神剣の所有者だと?」

永遠神剣は、所有者の能力を大きく底上げする。一般兵では確かに厳しい相手だろう。
しかも複数人でも全く敵わないとなれば、ある程度の位の神剣であるはず。
それほどの力があるならば軍でもそれなりの役職に就けそうなものだが、
入隊希望ではなくあくまで傭兵として雇われたいのだという。

「そうなると、相手を出来る者が限られてくるな」

「ならその相手、あたしがやってもいい?」

後ろからの声。

「ちょうど今から訓練の予定だったから、丁度良いわ。
 今日は皆忙しいみたいで、模擬戦の相手を探してたところだし」

振り向くと、同じく食堂から出てきていた留美が立っていた。

「留美か。お前が相手をしてくれるなら助かる。
 別に俺がやっても構わないんだが……」

「駄目ですっ!陛下には目を通して頂かなければいけない書類が山ほどあります。
 国が安定してきたとはいえ、問題は山積みなんですからね!?」

「……香里がこんな調子でな。だから、頼んだぞ」

「あはは……任せて頂戴。終わったら報告に行くから」

顔を顰めた祐一に留美は苦笑し、そのまま分かれようと―――

「……留美、言葉遣い」

「ヒッ!?」

ビクリ、と背筋を震わせる。

「え、えぇと……ほら、周囲に誰も居ないじゃない?
 祐一とは地下迷宮の頃からの関係だし、他人が居ない時くらい別に……」

「駄目よ。騎士たる者、常に態度を意識しなければ。
 ……久々に折檻ね。
 今は客人の相手があるから、後にしてあげるけど―――覚えてなさいね?」

ガクガクと首を縦に振り、一目散に駆け出す留美。
自室へ装備を取りに行ったのだろう。
それにしても、あの留美がこんな反応を返すとは。
折檻の内容が気になるが、深く追求しない方が身の為だと祐一は思った。


―――――――――――――――

訓練場近くの芝生の上で、傭兵希望者……天海陽司は仰向けに寝そべっていた。
ここは城の敷地内であるため、壁に囲まれていて風が来ない。
加えて今日は快晴。カノンは寒冷な気候であるから暑いということもなく、絶好の昼寝日和だ。
昼に城下町の大衆食堂で食べた焼き魚定食も美味しかったことだし、気分が良い。
いっそのこと寝てしまおうか、と目を閉じ―――

「傭兵希望者ってのはあんたかしら?」

近付いてきた気配と聞こえる声に、昼寝を諦めてその場に立ち上がる。

「そうです。俺は天海(あまみ)陽司(ようじ)って言います。
 ……ちなみに聞きますけど、何で俺がそうだって分かりました?」

「そりゃ知らない人間がこんな所で寝転んでたら目立つわよ。
 ……あとかなり強そうな神剣の気配とか、嫌でも感じる魔力とかね」

聞くまでも無かったかもしれない。
相手はこの軍の人間だろうし、自分は気配を隠す気などゼロだったのだから。

「なるほど。実にもっとも。
 ところで貴女はどなたですか?」

「あたしは七瀬留美。カノン軍騎士団副長をやってるわ。
 一般兵じゃ相手にならないってことだから、実力を見るためにあたしが来たの」

七瀬、という名に驚く。ではこの少女はキー五大剣士の一つ、『獅子の七瀬』の末裔か。
記憶が正しければ、七瀬は地属性で威力の高い剣技を用いた筈だ。
自分の実力を試すのに、これほど良い相手はいない。相手はこちらの事を知らないから偶然だろうが。

「では、早速手合わせといきましょうか。
 五大剣士の末裔となんて、そうそう戦えないですからね」

そう言いながら訓練場へ歩き出すと、僅かに驚く気配。

「……よく知ってるのね」

「書物を読むのは好きなもので。博識、と言うほどじゃないですけどね。
 ところで知識の再確認をしたいのですが、『獅子の七瀬』は地属性でパワー重視でしたよね?」

訓練場の真ん中あたりに辿り着き、くるりと振り向いて相手と向き合う。

「そうよ」

「良かった。間違ってたら失礼ですからね」

微笑みながら、腰に下げた武器――長い棒の先端に錘の付いた鈍器――メイスを手に取る。
それを見た留美も背に負った大剣を抜いた。

「これが私の相棒。永遠神剣『第五位・無心(むしん)』。鈍器型というのは珍しいそうですね」

両手で構え、魔力を開放する。

「この、魔力は……!」

「ええ。お察しの通り地属性。―――似た者同士ですね。私も地属性のパワー型なんですよ」

言うや否や、陽司は留美に向かって疾駆し、『無心』を振り上げる。
対する留美も大剣で迎え撃つ。

ゴゴォン!

「「重い……!」」

予想以上のパワーに、思わず両者同じ言葉を漏らした。
何度か打ち合うも、攻撃の重さは互角。一歩も引かない。
カノン軍は攻撃力の高い者が多いため訓練場もそれ相応に補強されている。
しかしそれでも、あまりのパワーに打ち合う余波だけで地面に皹が走っていく。
更に何度かぶつけ合った後、陽司が後ろに大きく跳んだ。

「力は互角……なら!
 神剣の主、陽司が命ずる。マナよ、オーラとなりて爆発を生み出せ」

神剣魔術。
『無心』の頭部、打撃部分にオーラフォトンが急速に集まっていく。
対する留美も、刀身に魔力を収束させる。

「エクスプロージョン!」

「獅子・爆砕剣!」

強力な地属性の一撃がぶつかり合い、大爆発が起こった。
粉塵が撒き上がる。
ゼロとなった視界を、しかし二人は後ろに跳んでその範囲から抜け出ることによって回復する。
服が汚れてはいるものの、両者目立ったダメージは無い。
開いた距離をそのままに睨み合う。

「いや、凄いですね……これでも攻撃の重さには自信があったんですが」

「その台詞、そっくりそのままお返しするわ。
 このままじゃ勝負がつかないけど……どうする?
 神剣魔術で遠距離戦かしら?」

それを聞いた陽司が苦笑する。

「生憎と俺、操作が苦手でして。
 遠距離戦だとあんまり攻撃力出ないんですよねぇ。
 そんな威力じゃあなたには悉く防がれてしまいそうです」

「そう、じゃあどうするつもり?」

陽司は再び苦笑。両手で構えていた『無心』を片手に下げ、

「そんなもの―――本気を出すまでですよ」

オーラが吹き荒れた。
これが本気だというのなら、確かに先ほどまでの攻撃は様子見だったのだろう。
対する留美も、腰を落とし大剣を振り上げ、迎撃の姿勢を取る。
刀身が収束されたマナで真っ赤に染まっていく。

二人が今にも必殺の一撃を交わそうと―――

「そこまでッ!」

訓練場に響いた声に、魔力が霧散した。
何事かと陽司が訓練場の入り口の方を見ると、槍を携えた少女が立っていた。
その少女―――美汐は嘆息し、

「留美。実力試しの模擬戦なのですから、あまり壊さないで下さい。
 訓練場の修理だってタダではないのですよ?」

う、と呻く留美。それほど威力の高い技だったのだろうか。
熱くなった頭を冷やす為に一つ深呼吸をすると、剣を下げ美汐に向き直った。

「ところで、美汐はどうしてこんな所に?訓練?」

「いえ。主様から、そろそろ模擬戦も終わっているだろうから連れてきてくれと。
 雇うにあたっての条件を交渉したいそうで。
 留美も同行して下さい。実力を見たのは貴女ですし、案内役も必要でしょう」

了解、と返答し、大剣を背中に収めて歩き出す。
陽司は慌てて追い掛けながら、美汐に軽く会釈する。
対する美汐も会釈を返してきた。真面目な性格が見て取れるような丁寧な礼だった。
しかし、立ち姿に隙もない。中々の手練でもあるようだ。
一度戦ってみたいな、と考えつつ、陽司は留美に連れられて城へと入っていった。




留美の先導で謁見の間に入り、中で待っていた祐一の前に膝を付く。

「お初にお目に掛かります、カノン王。
 天海陽司と申します。
 傭兵として雇われたく、この国に参りました」

「ああ、楽にしてくれ。話は一通り聞いている。
 ……留美、模擬戦の方はどうだった?」

横に立つ留美に問う。

「結果は引き分け。
 あたしと互角でしたがまだ本気ではなかったような口振りでした。
 ……美汐が止めたので引き分けでしたが、そうでなければ負けていたかもしれません」

耳に口を寄せて囁く留美の言葉を聞いて、僅かに驚く。
それほどの実力ともなれば各国から引く手数多だろうに、どうして傭兵などやっているのか。
気にはなるがひとまずそれは片隅に置き、

「分かった、天海殿を雇おう」

「ありがとうございます。
 では、契約内容の確認の方を」

そう言って、陽司は契約期間と金額、食・住の保障を提示する。
傭兵として至って普通の条件だ。だが、

「天海殿は相当腕が立つそうだが、これだけで良いのか?」

あくまで一般的な傭兵として普通の額だという話だ。
実力者を雇うには少な過ぎるように思えた。

「腕が立つだなんて、そんな……ただ単に力があるだけの者です。
 それに、食事と寝床を用意して頂けるなら、あまり金はかかりませんし」

苦笑して答える。本心からそう思っているように見えた。

「分かった。それでは契約成立だ」

そう言って右手を差し出す。
陽司は一瞬戸惑うが、立ち上がり歩み寄ると、しっかりと右手で握った。

「では、これからは陽司と呼ばせてもらう。俺のことも好きに呼んでくれ」

「……は?」

ぽかんと口を開けた陽司が留美の方を見ると、驚いた風も無い。
ただ諦めたような表情でひらひらと手を振っているだけだ。

「……で、では、相沢王と」

「堅苦しいな」

「えぇー……」

友人の様に呼べ、と暗に言われて困惑する陽司。

「では……相沢さん、で」

「さん、は余計だが……まぁいい」

初対面の相手、それも王を呼び捨てにするのは陽司には荷が勝ちすぎた。
こう見えて案外小心者なのである。
逆に緊張する陽司を余所に、祐一は近くに控えさせていた侍女を呼んだ。
ここまで来る途中にすれ違った侍女とは若干服装が違う。纏め役か何かだろうか。

「美咲、案内してやってくれ」

「はい、ご主人様。
 初めまして、天海様。侍女長を勤めさせて頂いております、鷺澤美咲と申します。
 お部屋の方へ案内致しますので、こちらへ」

そう自己紹介をした侍女は、気品の感じられる動作で一礼すると、入り口とは別方向へ歩き出す。
陽司は慌てて祐一に会釈する。

「夕食までしばらく時間がある。……ゆっくりしていてくれ。」

陽司が立ち去る寸前、そういってニヤリと笑った。
それを訝しく思いながらも、陽司は美咲を追い掛けていった。





「天海様は、どのくらい旅をしていらっしゃるのですか?」

城の廊下を眺めながら歩いていると、先導する美咲にそう問い掛けられた。

「陽司でいいですよ。
 ……3,4年といったところでしょうかね。
 神剣を手にしたのが4年ちょっと前。そこから程無くして旅立ったものですから。
 元々いつかは旅に出るつもりで鍛えていたので、ちょっと早いけどいいかな、と」

色々な場所を見てみたい、という気持ちは昔からあった。
しかしこの時勢だ。旅などすれば、荒事に巻き込まれるのは避けられない。
生まれ育った村は平和だったが、盗賊や魔獣などの被害が無かったわけでもない。
都合よく村に元戦士がいたから、自分の身や周囲の人を護るため、
身体を鍛えようと考えるのにさほど時間は掛からなかった。
修道院もあったため友人の何人かは魔術を主として学び、
自分も戦闘訓練の傍ら魔力の扱いを教わるくらいはした。
彼らの何人かも自分を同じように旅に出たと風の噂で聞いたが、皆元気だろうか。

「折角戦闘が出来るんだから、傭兵稼業が一番手っ取り早いかなーとか考えまして。
 色々な人と戦えるので、修行にもなりますからね」

軍属のほうが収入は安定するが、如何せん動けない。
日雇いの仕事では自由は多いが、何分収入が少な過ぎる。
道中手に入れた物品で商人紛いのことが出来るほどの度胸も無かったし、
物品の売買で暮らしていくと、今度は一箇所に留まれないのだ。
一定期間の生活が保障され、契約満了となれば自由に旅が出来る傭兵稼業は最も都合が良かった。
そんなことを話してる内に目的地へと着いたようで、美咲が振り向く。

「お話頂き有難う御座います。。
 ここが陽司様の寝室となります。
 今日は食事の時間になりましたらお知らせしますので、ここでお待ち下さい。
 それでは私は―――」

「……ちょっと待って」

頭を押さえ、呻くように美咲を引き止める。

「ここ……兵舎じゃないですよね?」

「?はい、ここは城内の一室ですが」

何を言っているのか、という顔で答える美咲。
そう言えば確かに謁見の間を出てから外へ出ていない。
客人用の部屋のようで、間違っても傭兵に与えるような寝床ではない。

(あの笑いはこれか……!?)

陽司が贅沢が苦手だと気付いての悪戯か。
天海陽司。実は倹約家などではなく単に貧乏性なのだ。
ふかふかのベッドより薄い毛布の二段ベッドが落ち着く小心者である。

「……はい、分かりました。ありがとうございます」

貧相な部屋に変えて下さい、と言うわけにもいかない。
首を傾げる美咲だが、陽司の心の葛藤に気付くわけもなく、一礼して去っていった。

「貴重な体験、と考えるかぁ……」

部屋に入って荷物を隅に置き、腰に下げた神剣を壁に立て掛けてベッドに倒れ込む。
ぼふん、と身体が沈みこんだ。落ち着かないが、慣れなければ。
窓から入る昼下がりの日光を浴びながら、昼寝を決め込む。
なんだかんだで旅の疲れは溜まっていたのか、すぐに眠りは訪れた。


―――どこからか、くすりと笑う声が聞こえた気がした。








あとがき
初めまして。月陰と申します。
誰だと言われても答えようがありません。サイトも持ってない元・読み専です。
ステータス知りたい方はmixiに書いてあるかもしれません。

さて、頑張って設定練って書き始めた初SS。
……神無月さんの凄さを痛感。安○先生、文章能力が欲しいです……。
時系列的には、3カ国秘密会議の少し前くらい?

ここはこんな風にした方が良いよー、とかあったらお願いします。単なる感想も励みになります。
掲示板でもメールでもmixiでも何でも。

H23.2.11 寒風吹き荒ぶ夜